写真:くろふね/CC BY 3.0(Wikimedia Commons)
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福島県南会津にある大内宿は、江戸時代に会津若松と日光今市を結ぶ街道の宿場町として栄えました。いまも茅葺き屋根の主屋が、妻面を街道に向けて並んでいます。この記事では、町並みが守られてきた背景と、歩き方、泊まる場所の選び方を順にまとめます。
大内宿は1640年頃に成立したと考えられています。会津若松と日光を結ぶ主要な街道沿いにあり、時代とともに栄えました。
明治になると新しい道路や鉄道ができ、宿場は徐々に衰えました。ただ、大内宿は新しい交通網から外れる形になりました。開発が遅れたことが、古い町並みが残る一因になったといえます。
町並みは、最初から順調に守られたわけではありません。一時は近代化を望む住民と、宿場の保存を訴える研究者とで意見が分かれました。全国町村会の記事によると、国の選定を受けるまでに、住民の理解を得るのに14年を要したそうです。
大内宿は1981年4月18日に重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。範囲は約11.3ヘクタールです。選定後は、国や県、町の支援を受けながら、保存会が中心となって修理や景観づくりが進められました。
大内宿では住民憲章をつくり、「売らない・貸さない・壊さない」の3原則を掲げています。茅葺きの技術を学び、受け継ぐ取り組みも、住民が全員で進めているそうです。
屋根の葺き替えは、茅手と呼ばれる職人を中心に、ほとんどの村人が協力して行います。町並み展示館内には、茅葺き技術研修センターを兼ねる「ふるさと文化財の森センター」が2004年度に完成しました。
観光地として人が集まる一方で、ここは今も人が暮らす集落です。保存地区内の建物46軒のうち、約30軒が茅葺き屋根の民家とされています。
令和2年4月には、一般財団法人大内宿保存整備財団が立ち上がりました。駐車料金の一部は、景観の保存や補修、整備に使われます。駐車場代は、町並みを守る費用の一部になっています。
散策の所要時間は、2〜3時間ほどが目安です。街道は一本道で、食事やお土産の店を見ながらゆっくり歩けます。
はじめに立ち寄るなら、町並み展示館がおすすめです。集落のほぼ中央にあり、問屋本陣の跡に建つ大きな茅葺き屋根の建物です。館内には当時の風習を伝える写真や生活用具が、約1,300点展示されています。先に歴史を知っておくと、通りを歩いたときの見え方が変わります。
店は住まいを兼ねているため、休業日や営業時間は店ごとに異なります。大内宿観光協会のサイトには、月ごとの営業日カレンダーが載っています。出かける前に確認しておくと安心です。
名物は、高遠そばとも呼ばれるねぎそばです。長ねぎを1本まるごと添え、箸の代わりに使ったり、薬味としてかじったりして食べます。慣れないと難しいので、普通の箸で食べても構いません。
しんごろうも郷土料理です。うるち米のお餅を竹に刺し、エゴマ味噌を塗って炭火で焼きます。
アイキャッチ写真:くろふね/CC BY 3.0(Wikimedia Commons)